大阪地方裁判所 昭和40年(む)407号 判決 1965年10月21日
被告人 山根康秀
決 定
(被告人氏名略)
右の者に対する大阪市屋外広告物条例違反被告事件につき昭和四〇年一〇月一四日大阪簡易裁判所裁判官杉原一策がした勾留取消の裁判に対し大阪地方検察庁検察官丸谷日出男から適法な準抗告の申立があったので当裁判所は次のとおり決定する。
主文
本件準抗告の申立を棄却する。
理由
一 本件準抗告の申立の趣旨および理由は別紙のとおりである。
二 本件記録によれば被告人は昭和四〇年一〇月九日本件犯罪事実(大阪市長の許可を受けないで電柱に「日本共産党大演説会」の宣伝ポスターを貼りつけた行為)により現行犯で逮捕され同月一二日逮捕のまま大阪簡易裁判所に起訴され同日同事実について勾留されたこと、被告人が右犯罪事実を犯したと疑うに足りる相当な理由のあること、同月一四日裁判官により勾留の必要がなくなつたとの理由で勾留が取消されたことが明らかである。
三 ところで被告人は前記日時に警察官によつて現行犯で逮捕されて以来現在に至るまで捜査官に対してのみならず勾留裁判官に対しても氏名、住居をはじめとして本件犯罪事実に至るまで一切を黙秘していることは検察官主張のとおり本件記録上明らかであるがその後の右被告人に対する身元確認の捜査により同人の黙秘にもかかわらず同人の氏名、年令、住所、職業、本籍等がすべて判明するに至り、同人の勤務先の上司たる松田政義も右被告人の写真によりこれらを確認していること、そして右判明した氏名、住所等に従つて本件公訴が提起されたことが一件記録上明らかであつてこれらの事実によれば被告人が定つた住居を有しないとはいえない。
次に本件犯罪事実は被告人を含む三名の者によつて行われたものであることは一件記録上明らかであるが、右行為は折から現場を警ら中の警官四名によつて現認されていること、本件犯行に使用されたポスター、糊刷毛、糊の入つたバケツはすべて押収されていることの諸事実もまた明らかであつて、少くとも本件の外形的事実に関する限り、被告人においてその罪証を隠滅することはまず不可能と認められる。次に検察官は本件犯罪事実中、共謀の事実の点については被告人の黙秘により未だ解明されておらず、被告人を釈放するときはこの点につき証拠隠滅のおそれがあると主張するので判断するに、本件記録によつて認められるところの、前記三名の行為者のうち一名は逃走中であるが他の一人たる北村幸雄は同年一〇月一二日既に釈放されていること、被告人と右北村とは勤務先も同一であり、かつ同一の住居に居住していること等の諸事実からすれば、被告人を釈放したあかつきには少くとも右北村と本件犯罪事実の共謀の点につき通謀するおそれがないとはいえないが、しかし右北村の検察官に対する供述調書の記載内容および、被告人は右北村を含む二名の者と共同して本件犯行に及んでいるところを前記警察官によつて現認されている事実を考えるときは、たとえ被告人が右北村と通謀し公判廷において共謀の事実を否認する等の態度に出たとしても被告人の本件犯罪事実の存在を覆すことは殆んど不可能であると考えられ、現段階においては既に被告人に罪証隠滅の余地とそのおそれは消滅したものといわなければならない。
おわりに、被告人の逃亡のおそれの有無について判断するに、前記のとおり被告人には定つた住居と定職があるうえ、同人の弁護人小林保夫が大阪簡易裁判所裁判官に対し同被告人の身柄を引受け、公判期日には必ず出頭させる旨の身柄引受書を提出して被告人の出頭確保につき責に任じていること、本件犯罪事実の罪質、その刑が五万円以下の罰金刑であること等を考え合わせると、被告人の公判期日への出頭は確保されたものと認められ、従つて現段階では被告人が逃亡しまたは逃亡するおそれは既に消滅したものといわなければならない。
四 以上の次第で被告人に対する勾留の理由が消滅したのであり、勾留の必要もなくなつたこと勿論であり、被告人の勾留を取消した原裁判は相当であつて、検察官の本件準抗告の申立は理由がないことに帰するから刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第一項により主文のとおり決定する。
(裁判官 秋山正雄 小河巌 安藤正博)
準抗告及び裁判の執行停止申立書(略)